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意識高い系はなぜ揶揄されるのか!2500年前の思想家、老子が答えを知っていた。

こんにちは!

最近「意識高い系」とかっていう揶揄(やゆ)をよく聞きませんか?

意識が高いののどこがいけないの?

っていう人もいるでしょう。

しかし、そのような揶揄を受ける人はきっとどこか恣意的、

というか「わざとらしい」んじゃないでしょうか?

知識をひけらかしたりとか、

俺強いんだぜぇっていうマウンティングとか、

モテようとしているのがにじみ出ちゃってるとか、

そういう「わざとらしさ」が恰好わるいんだぜ!

なんてことを言った人が今から2500年も前にいました。

いやー、時代は繰り返してますね!

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老子

「諸子百家」春秋戦国時代の中国の思想家の一人

老子は春秋戦国時代の中国の思想家の一人です。

当時の中国では多くの思想家やその派閥が生まれ、

それらは諸子百家と呼ばれていました。

老子は紀元前6世紀ころの人と言われています。

今から2500年も前の教えが今も残り、

我々に影響を与え続けていると思うと凄いことです。

その教えには普遍性があり、

根本原則的なことが含まれているのではないでしょうか。

実は老子が本当に実在したのか?

いつ頃生まれたのか?

ということについては議論があるようなのですが、

教えを理解するためには「いた」として学ぶ方が良いと思います。

たとえば武術で太極拳というのがありますよね。

「気」があるかどうかは分からなくても、

あると思って練習した方が習得の近道だと思うのです。

孔子の教え・儒家との対比

同じ諸子百家で孔子と呼ばれた人がいます。

「仁義礼智信」というあれです。

君主による徳治を説いた孔子の教えですが、

老子は書庫の記録官のような仕事をしていたインテリ層ですから、

孔子の教え(儒家)や法家の教えも知っていたのです。

老子はどちらかというと反権威主義的な教えで孔子とは対比的ですが、

孔子の教えを必ずしも否定はしていません。

むしろ孔子と老子は交流があったと伝えられています。

 

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「老子道徳教」老子に頼み込んで書いてもらったわずか5000語

老子は自分の教えを書物にして残すことには積極的ではなかったようです。

そのようなことは「わざとらしくて恰好悪い」と考えていたのかもしれません。

老子は自分の教えが広まり有名になることを良しとしませんでした。

彼は周の国で長く暮らすうちに徐々に自分が有名になるのを嫌って、

牛に乗って周の国を出て隠遁しようとするのですが、

ちょうど国境の関所、関函谷(かんこくかん)に差し掛かった時、

関所の役人の尹喜(いき)に請われて、わずか5000語の書を残しました。

その時、尹喜(いき)が止めて頼まなかったら、

老子の教えは現在まで伝わってなかったのかもしれないのです。

尹喜(いき)はほんとにファインプレーだったわけですが、

この5000語の書が「老子道徳経」と呼ばれ、

老子の教えとして現代まで伝えらえているのです。

老子の教え

テーマ:わざとらしいことは恰好悪い!(無為自然)

インテリっぽく振る舞うこと、

良い人そうに振る舞うこと、

格好良くあろうとすること、

モテようとすること、

作為的であることが、すでに恰好悪い

聖人処無為之事 行不言之教

訳:道と一体になった聖人は作為的な行いはせず、不言の教えを行う

 

上善如水 (上善は水の如し)

訳:理想的な生き方とは、水の様に柔軟なものだ

 

テーマ:クレクレみっともない!

あれも欲しい、これも欲しいと、キリがなくみっともない!

そんなんじゃ、本当の意味で幸せになることはいつまでもできない!

知足者富 (足るを知るものは富む)

訳:満足することを知っている人は豊だ。

 

テーマ:みんな結局死ぬんだから、まいっかぁー。

出生入死 (生に出でて、死に入る)

訳:人はみないずれは死ぬのだから、無為自然に生きるのが理想。

 

で、でたー!

みんな結局死ぬんだから!

老子よあなたは、

みんな最後は死ぬんだから、

ガツガツしても、みっともないだけだぞとおっしゃいますか。

今持っているものに満足することが幸福なんだぞとおっしゃいますか。

だからあなたは、自分の教えを書物にして残したり、

教えを広めようとしなかったんですね!

しかし、そこまでして最後の最後で尹喜(いき)に頼まれたら、

書いちゃうのかよ!(オイ)

 

老子の言葉には「まーいんだけどね」というのが付いてる気がするんですよ。

老子が深いことを言うんだけど、

「ま、いっかぁー」って後で言っている気がする。

老子の教えとかっていって、

その教えに従って生きようとするのも恣意的だから、

書物を残そうとしなかったのも、

有名になるのを嫌って隠遁しようとしたのも納得です。

老子道徳教を書いてる時はどんな気持ちで書いてたんでしょうね。

「やっべ、俺自分の教えを書物にしちゃってるよ。老子の教えとか言ってさっぶー」

なんて思いながら書いていたんでしょうか。

 

老子の本

そんな老子の教えだから、

マンガで読むのもバカボンのパパと読むのも良いんじゃないでしょうか。

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より深く知りたくなった人、

アカデミックなのが好みの人は岩波書店のがおすすめです。

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まとめ

今から2500年も前の思想家、老子の記事でした。

おっさん孔子の教えよりも、

この老子の教えの方が好きなんです。

孔子って堅いよなぁ、老子の方が共感できるよなぁって思うんだけど、

老子だけでもダメな気がするんですよね。

そんなわけで、

孔子(論語)と老子(老子道徳教)は両方読むのが良いと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

では、また!

 

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