おすすめ漫画 映画

原作漫画「この世界の片隅に」を読んでみた!また映画を観に行きたくなった!

2016/12/13

広告

こんにちは!

「この世界の片隅に」という映画を見てあまりにも感動したおっさんは、

家に帰るとすぐアマゾンで原作漫画をポチしていました。

先日その原作漫画が届いて読み終わりましたので少し紹介します。

ネタバレありますので、まだ映画みていない方はご注意ください。

広告



関連記事

映画「この世界の片隅に」を観てから言葉にならない感情が、余韻がずっと続いている。

 

映画は原作を忠実に再現していたか?

映画が評判になり、テレビでも何度か特集されたりしました。

それを見ていたら映画制作での片渕監督の綿密な取材について多く取り上げられていました。

それは確かにそうなんですけど、

読んでみると原作もまた綿密な取材や調査に基づいて書かれていました。

原作の段階でかなりの裏付けのある状態で、

それを映画にする段階で片渕監督がさらに細やかに行った感じです。

焼夷弾の形などは原作と映画では結構違って書かれていますが、

映画の方がより正確なのでしょう。

映画はある場所は原作にかなり忠実であり、

またある場所はかなり大胆に改変、カットされています。

それは映画という限られた時間の中でですから当然だと思います。

例え改変されていたとしてもかなり良心を感じるものでした。

原作はもちろん素晴らしい作品でしたが、

比べてみると映画はかなり観やすいと感じました。

 

映画ではカットされていた部分

白木リン

当然ですが原作を読んで初めて分かった映画ではカットされていた部分。

映画でも登場はしたものの、あまり深く描かれなかった白木リンと夫周作の話。

おっさんも映画を見ていて???となった部分ではあります。

ほら、映画ですずさんが夫に対して怒るところありましたよね。

「夫婦いうて、こんなものですか」って言って、

あれ、映画だけ見るとすずさんが同級生の水原と関係するのを黙認するような夫の言動に腹を立てているのかとも思ったんですが、

原作ではあのシーンの前に白木りんの話があります。

水原と久しぶりに再会する前にすずさんは「夫にとって自分は白木りんの代用品なのではないか」という疑念を抱いていたわけです。

原作を読むとあれは白木リンのことを一切話さないで、

自分に対して秘密を持っている夫に対する怒りだったと分かります。

そうして兄の葬儀からの帰りでの夫婦喧嘩はお互いのジェラシーからくるものだったと分かります。

また、その後の話で夫婦の秘密がなくなってわだかまりが解消されます。

この部分は映画を観てから原作を読むと、

スピンオフを読んでいるような気分にもなりました。

 

原作の最後、作者のあとがきに感動

作者のこうの史代氏があとがきに

”自分はまだ死んだことがないので死が最悪の不幸であるのかどうかわからない。

命の尊さだの素晴らしさだのも厳密には分からないかもしれない。

そのせいか死の数で悲劇の重さを量らなければならない戦災ものをうまく理解できていない気がする。

そこで「この世界の片隅に」では戦時の生活がだらだら続く様子を描くことにした。

そこにもあったはずの誰かの生の悲しみやきらめきを知ろうとした。”

との旨を書かれています。

おっさん、これを読んでまた感動しました。

ほんとそうだなぁって思って、

ある人は、作者の人格など関係ないと言います。

どんなに嫌な人だろうと、

その作品が素晴らしければ良いのだと言います。

確かにそれは真実かもしれません。

だけど、やっぱりにじみ出ちゃうんじゃないのかなとも思うんです。

作家にとっては作品は子に等しいわけでしょう。

作家の本質的なところはどうしたって作品にはにじみ出てきちゃうんじゃないかなって思うんですよね。

 

まとめ

「この世界の片隅に」の原作漫画を読んで思ったこと、

気付いたことなどを少しだけ書いてみました。

おっさん、原作を読んでですね・・・

また、映画を見に行きたくなってしまいました。

いずれ円盤なんかも出るんでしょうけど、

映画館で見られるチャンスは限られています。

あとで後悔しないように、観られるうちにもう一度見に行きたい。

また、この作品の一ファンとして少しでも多くの人が見てくれたらいいなぁって思います。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

では、また!

-おすすめ漫画, 映画
-, ,